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夏の終わりに☆

 

8月の終わりの夕焼け。

このシルエットは、京都の人なら比叡山と同じくらい馴染みのある愛宕山。

 

通っていた中学校では、毎年晩秋に"愛宕登山"という

登山時間を競う超体育会系イベントがあったので

苦しさ、悔しさと共に達成感や爽快感とセットになった想い出がある山(^-^)

 

色々あっても、何てことなくても、一日の終わりの夕焼けは夕闇に変わって

北西に在るこの山の背後に吸い込まれていくようなので

人生の終わりに"西を目指す"感じには、妙に合点がいくんだわ・・・(笑)

 

 

夏の終わりに私はまた歳をとり56歳に。

そして秋の初めには、みんなで父を見送ったあの日が巡ってくる。

月日が流れるのは本当に早いなぁ。

 

お盆に実家へ寄った時に、貪るようにアルバムを見た。

 

娘達が新しい家庭を築くまでの、一緒に暮らした日々を

父が整理した30冊近くのアルバムには

家族の思い出がぎゅぎゅぎゅーっと詰まっていて

噎せ返るほどの懐かしさに、鼻の奥がツンーとなる。

 

それぞれのアルバムにちゃんとタイトルが付いていて

ページを繰っても、見出しや小見出しが凝っていて

見易く、それでいて強烈に「このページはこの写真がメインやで!」という

父の思惑が見て取れる構成になっていて

「あ〜、パパらしいなぁ」とクスッと笑えてホロッと泣ける。

 

父は娘達に「パパと呼んでくれ」と言ったので

本当は「お父さん」と呼びたかったけど「パパ!」と呼び続けた。

母は「うーん・・・『お母さん』か『お母ちゃん』が嬉しいなぁ」と

遠慮がちに言っていたので「お母さん!」と呼んでいた。

私の色々な折衷主義やバラバラな感覚でも良しとする基礎は

こんなところにも起因しているのかも(笑)

 

何故、父が「お父さん」と呼んで欲しくないのかを

大人になってから母から聞いた。

 

国のために魂を捧げる覚悟で

戦ってくれている自分の父親を誇りに思いつつ

家族としては、長男坊としては

何とか無事で還って来てくれますようにと

小学校帰りにいつも一人、近所の神社で

「お父さん、どうかご無事にお還りください」と祈り続けた、と。

だけど、その願いは叶わなかったこと。

「お父さん」と心の中ばかりで呼び続け叫び続け

父にとっては

お父さんという言葉自体が寂しくて悲しい言葉になってしまったと。

 

お父さんという言葉を使うことも、そう呼ばれることも

封印していた父がこの世を旅立つ時に

「『お父さん・・・!!』って言わはったなぁ」と

家族全員で父のベッドを取り囲んでいたけれど

母にだけは、その声が聞こえたみたいだ。

超常現象的な事をあまり真に受けないタイプではあるが

あの戦争を乗り越えた時は別々に生きていたけれど

その後、長きに渡って激動の時代の苦楽を共にした夫婦にだけ

通じ合う何かがあったとして、それはある種当然のような気もするし…。

 

 

早くに亡くならはったお祖父さんが迎えに来てくれはったんやな。

亡くならはった時の年齢で迎えに来てくれはったんかな?

それやったら、パパよりずっとずっと若いな。

でも、パパがそう呼ばはったんだから、出征しはる時の写真が残ってる

あの若さのまま来てくれはったんと違う?

あ、パパが死期が近付くにつれて段々と子供返りしたはったから

お父さんが亡くなった時の年齢まで、パパが戻らはったのと違うかな?

きっとそんな気がする!

「長いこと待たせて、すまんかったな。これからはずっと一緒やで。」

きっとそう言うて迎えに来てくれはったんやな。

それやったら安心やな。

冥土の旅路も迷うことなく、ちゃんと歩いていけはるなぁ。

 

そんな風な結論に至って、残された私達はホッとした。

 

今生を離れたら即、極楽浄土に行ける宗派もあるらしいけど

実家の浄土宗は、死して尚、お浄土への修行の旅が続くらしい。

何だか、そんな厳しさも父に似合っている気がして

ほろ苦くもあたたかな気持ちになれる。

どうか、良き旅を・・・・・!と皆で今も毎日祈り続けている。

 

 

最後の写真は、父と母が

今の私の年齢より少しだけ若い時のもの。

美大時代はいつも制作課題に没頭して

就職してからも残業や休日出勤だらけで家にいる時間が少なかった私が

珍しく家に居た日曜日。

「昔よく家族で嵐山まで散歩したやん?久しぶりに行こ☆」と誘った。

 

何の記念日でもなくて、すごく良い季節というわけでもなくて

何か特別に美味しい物を食べたってこともなくて(笑)

でも、忘れられない1日だったなぁ・・・としみじみ想う。

 

 

二人とも若いな−・・・(*^-^*)

 

 

お元気ですか?

私達はおかげさまで、みんな元気にしています。

 

今年は本当に色んな事があって

この世の人々は戸惑いながらも

しっかりと本質を見極めて懸命に生きてる人がきっと殆どです。

 

そして、旅立つ時のあなたの心の叫びをちゃんと聞き取ってくれた

「コイツはほんまにジャジャ馬やからなぁ」などと言っていた

あなたの愛する女房は

今も毎日、あなたに感謝し

あなたを敬い、心からお慕いしていますよ(*^-^*)

 

そんなあなたの女房の姿に

私達娘は、家族の意味を胸に刻み

微笑ましく誇らしく、あたたかな気持ちをいただいています。

今年は一緒にお出掛け出来ていませんが

この騒動が落ち着いたら、また近場の名勝を訪れるつもりです。

 

小結も、もうすぐ5歳4ヶ月。

ちょっとは・・・落ち着いてきました。

 

私も、もう60歳が射程距離です。

何とも頼りない中年ですが

厳しくも楽しく生き抜いたあなたの娘として

怠けぬよう恥じぬよう、クソ真面目に大笑いしながら

毎日やっております☆

何が起こるかわからぬ世の中です。

自分からわざわざ戦いなど挑みませんが

戦わねばならぬ時には戦い抜けるだけの自分でなければと

常々心身を鍛えてもおりますよ。

 

出来の悪い娘ですが

これからも、どうか宜敷くお願い申し上げます・・・!

 

 

 

 

 

 

 

 

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