京都の乙女文化発信クリエイター、koha*のブログです。
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二十年[後編]

 

本日も長文です。前編より長いかも知れません… f(^ ^;
お時間の無い方はスルーしてくださいませ<(_ _)>

 

成人式とか、成人の日というのが
当時の私には、何よりピンと来なかった。

 

何をもって『大人』なんやろう?
ある部分は、とうの昔に大人になっている気もするし
ある部分は、ちっとも成長できていなくてまるで赤子の如く。
大体、同じ年に生まれたからって
同じ時に成人するわけないよね?
みんな別々の環境で別々の生き方してるのに…

 

そんな答えのない悶々とした鬱陶しい考えも頭をもたげ
素直に成人の日とか、成人式とか振袖を着るという行為も
受け入れられそうになく息苦しかった。

 

今になれば、もっと広い視野で
必死で育てあげ、何があろうと見守ってくれた
親や祖父母や周囲の人々への感謝の気持ちを受け止めて
これからはそれを背負って

責任と覚悟を持って生きていく日なのだと、普通に解るのだけど。

 

世の中を斜に構えて見ていた青臭い私は
しっかり自問したつもりになっているだけで
生温く守られた小さな世界の中でいきがっているだけの世間知らずだった。
いつまでも青春の迷宮の名残を惜しんでいるお気楽なアホだったんだろう。
“思い知る”という言葉の意味を、”思い知った”のもこの日だった。

 

京都市が主催していた成人式には参加しなかった。
でも同じ日に、出身高校の成人の日同窓会があって
それには出席することにした。


少なくとも三年間はほろ苦く甘酸っぱい日々を共に過ごした人々。
友人と言うよりは、顔見知りと言ったほうが近い人も居るけれど
一応、同じ高校で、同じ空気を吸い込んだ人達。
ならば、少しは素直に「おめでとう」「ありがとう」は言えそうだな…
そう思った。

 

私の通っていた美大は、当時、京都の芸術系大学の中では
最も早い時期に卒業制作展を開催するところだったので
三月に発表する大学などに比べ、制作時間がかなり限られていた。
それで、成人の日にさえも休日の実習室使用申請を学校に出し
汚いつなぎを着込んで制作に没頭していた。

 

そのパーティーの二日ほど前に、母に尋ねられた。
「お姉ちゃんの振袖着るか?着るのやったら出しとくえ。」
私は「ううん」と首を振り「制作してから会場に行くから大丈夫」と答えた。


パーティーの日の朝には
「まぁまぁ・・・自分で決めたことやから。しっかり行っといで。」と
母は送り出してくれた。

 

没頭しながら0.1mmから0.3mm真鍮や銅板を曲げ
腐食させたり塗料で着色したり、タコ糸で縫い合わせたりして
着ると血まみれになって傷つくような

着ることの出来ない服を作っていた。

そんな作品だった。


気づいたら、もう出発しなくちゃいけない時間になっていて
慌てて作業着を脱ぎ、セーターを着込んで会場に向かった。

 

会場にはもうたくさんの同級生達が集まっていて
口々に挨拶したり、華やかな振袖を賛美し合ったり
キリリとしたスーツ姿を褒め合ったり賑やかな笑顔が溢れていた。
ほんの二年しかブランクのない人達も
サナギから蝶になったみたいに堂々と美しかった。

 

「あれぇ?晴れ着じゃないの〜?!」と私を見つけた友達が駆け寄って来てくれた。
「うん。さっきまで学校で作品作ってたん。」と私。
みんな、呆れつつも
「なんか、けん(“けん”と呼ばれていました)らしいなぁ!!」と笑ってくれた。


私達の世代だと、高校を卒業してすぐに就職する人も居た。
女子は、四年生大学に行く人はほとんど居なくて

短大人口が一番多かった気がする。
男子は四年制大学に行く人が多かったのかなぁ?
高校卒業からわずか二年足らずで、既に
社会人・短大卒業間近・まだまだ学生の人が入り乱れる。
不思議なもんだな。


それぞれの近況報告に、あの頃の思い出話に花が咲き、話は途切れない。

パーティーも終盤に差し掛かった頃、とりわけ仲の良い友人とトイレに行った。
その時に、彼女が言った。


「あのなぁ、私はな

いつもけんが言うてた『見掛けより中身を磨かなアカンと思うの』は
大賛成やで。私もそう思うタイプやから、仲良いんやと思うの。
でもな…今日みたいな日はな、やっぱりちゃんとした服装やないとアカンのやで。」

 

正論だと思った。大人だな、とも。
私もそう気づきながら、二時間そこに立っていたから。

 

そんな風に私の恥ずかしい成人の日は終わった。

家に帰ると、いつもと変わらず「おかえり、お疲れさん〜」と母が迎えてくれた。
何も報告していないのに
「また何かある時は、お母さんの訪問着を着て行きよし。
お母さんボケてなぁ、裄丈を間違ごうてアンタくらいの丈に仕上げてしもたわ。」
そう笑って、あったかい玉露を淹れてくれた。
天晴れ、お見通しや・・・

 

やっぱり大人には敵わないな。
うん、出来れば、ちゃんとした大人になろう。本気でそう思った。

そんな苦々しい二十歳だった私も、それなりに生きている。
あと七年半すれば、三回目の二十歳(笑)。

 

一回目の二十年で大人になる人も居れば
二回目、三回目でも、残念な大人も居るかも知れない。
完成形には遠い私だけど、あの日の私や
私の振袖を選んでくださった方々に恥じぬよう、ちゃんと生きていきたいな。


などと、背筋の伸びる想いの春なんだな。

 

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